死刑(しけい)って聞いたことある?
こんにちはこんばんは。ひでをです。
ふだんはアホなことばっかり言ってるけど、今日はちょっと大事な話をしようと思う。
テレビのニュースで「〇〇被告に死刑判決」って聞いたことある?
「しけい」って聞くと、なんだかこわい言葉に聞こえるよね。
でも、「こわい」「なんとなく悪いこと」って思うだけじゃなくて、
どうしてそんな制度(せいど)があるのかって考えることが大事なんだ。
だから今日は、ひでをがまじめに、小学生でもでもわかりやすく説明するよ。
※今回の記事は重く感じる方もいらっしゃると思います。
無理をせず、「読まなくてもいい」と思ったら、それも立派な選択です。
死刑ってなに?

死刑とは、「とても重い罪を犯した人」に対して、
国が最も厳しい罰として命を絶つことを決める制度なんだ。
たとえば──
- 多くの人を傷つけたり、命を奪ってしまったとき
- 社会全体に大きな恐怖や被害を与えたとき
- 極めて悪質で危険な犯罪をくり返して被害が拡大しそうなとき
そうした場合に、「この人にはこれ以上の自由を与えられない」と判断されると、裁判を経て死刑判決が下されることがあります。
ただし、これは決して軽々しく決まることではなく何年もかけて慎重に捜査や審理が行われ、弁護士、裁判官、検察官など、さまざまな立場の人が関わりながら、最終的に「ほかに選択肢がない」と判断されたときに限って、死刑が選ばれるんだ。
そのくらい、死刑というのは「国としての最終的な判断」であり、命に関わる非常に重たい決定なんだね。
死刑までの道のり

死刑というのは、「この人にはもう自由をあたえることはできません」と国が判断する、いちばん重い罰なのはわかったね?
でも、「死刑」と裁判で言われたからといって、すぐに実行されるわけではないんだよ。
▷ まずは、裁判が3回まで続く
日本では、裁判は3回までくりかえすことができるんだ。
1回目:地方裁判所(ちほうさいばんしょ)
2回目:高等裁判所(こうとうさいばんしょ)
3回目:最高裁判所(さいこうさいばんしょ)
これを「三審制(さんしんせい)」といって、どんなに重い判決でも、くり返し見直すチャンスがあるように決められているんだ。
死刑判決もこのルールにしたがって、何年もかけて審理されるよ。
▷ そして、死刑が確定する
3回目の裁判まで終わり、もうそれ以上争えなくなった状態を「確定(かくてい)」という。
この時点で「死刑が決まりました」ということになるけれど、ここからすぐに執行(しっこう)されるわけではありません。
ふつう、死刑が実際に行われるまでには、何年も時間がかかることが多いんだ。
長い人では、確定してから10年、20年たっても執行されていないこともあるよ。
▷ どうやって行われるのか?
日本では、死刑は「絞首刑(こうしゅけい)」という方法で行われる。
これは、首にロープをかけて床が落ちる仕組みで、命が絶たれるというもの。刑務所の中にある、特別な部屋でひそかに行われます。
場所や時間は外には知らされないのが決まりで、多くの場合、本人にも「その日」が直前まで知らされないんだ。
執行を行うかどうかの最終決定は、法務大臣(ほうむだいじん)という人がサインをすることで決まるよ。
▷ 死刑の前に反省の時間もある
死刑が確定してからずっとの間、その人は「死刑囚(しけいしゅう)」という立場になって、特別な部屋で生活するよ。
その間には、自分のしたことをふりかえったり、反省したりする時間がたっぷりある。
中には手紙を書いたり、本を読んだり、反省文をのこしたりする人もいるんだ。
日本の死刑問題

死刑というものには、いろんな意見があるよ。
中でもとくに大きくわかれているのが──
「死刑はやめたほうがいい」という声と、「死刑は必要だ」という声だね。
これは正解がひとつではなく、それぞれに理由がある。
ここではその中でもよく語られる、「反対する人の声」と、「被害者の遺族の声」を見てみよう。
■ 1.死刑に反対する人たちの声
「どんな理由があっても、人の命をうばうことはだれにもできない」
そんなふうに考える人がいるよ。
たとえば──
- 人が人をゆるさずに命をうばってしまうと、争いのくり返しになる
- まちがった裁判で無実の人を死刑にしたら、もうもとには戻せない
- 命をうばうのではなく、更生(反省してあらためること)を目指すべきでは?
実際に、あとで「やっぱり無実だった」とわかって助かった人たちもいる。
それを考えると、「命を終わらせる前に、もっと慎重になるべきだ」と思うのは当然の気持ちかもしれないね。
■ 2.被害者の遺族の声
でもその一方で──
事件の被害にあった人の家族や友だちの声もあります。
とくに、重大な事件で大切な人を命に関わるかたちで失った人たちは、深い悲しみと苦しみをかかえています。
彼らが良く言うのは
「どうしてあの人だけ、何年も生きているの?」
「うちの子はもう帰ってこないのに、あの人は反省する時間まで与えられているのがつらい」
とういうよな言葉です。
たしかに、どれだけ時間がたっても、その悲しみは消えることはありません。
そうした気持ちの中で、「せめて死刑で罪をつぐなってほしい」と願うのは、ある意味当然の心の叫びでもあります。
■ だから、簡単には決められない
反対する人の言葉にも、遺族の気持ちにも、どちらにも「正しさ」がある。
どちらかが間違っている、ということではないんだね。
だからこそ、死刑という制度は、すごく重たいテーマであり、「これが正しい」と言い切るのはとても難しい。
それぞれの意見にしっかり耳をかたむけて、「わたしたちはどうあるべきか?」を考えつづけることが大事なのかもしれない。
まとめ
「死刑」っていう言葉は、ちょっとこわくて、重たい話だよね。
でも、これはただ「罰(ばつ)」のことを考える話じゃない。
本当は「人の命」について、しっかり考えるきっかけなんだ。
たとえば──
「なぜ命をうばうような事件が起きるのか」
「どうすれば命が大切にされる社会になるのか」
「生まれてきた命を、どう守っていけばいいのか」
死刑だけの問題じゃなくて、「命」って何なのかを考えることがとても大切なんだ。
それは、今ある命も、生まれてくる命も、どちらも大切だから。
だからこそ、「命について考える」ってことは、大人だけじゃなく、これから社会をつくっていく君たちにとっても、とても大切なことなんだ。
「命はひとつしかない。だからこそ、どう向き合うかが大事。」
そうやって考える人が増えていけば、もっとやさしくて安心できる社会に近づけるはず。
今回は真面目な話をここまで拝見してくれてありがとう。
それではまた(/・ω・)/


コメント